2014-09-01から1ヶ月間の記事一覧

一年祭

月曜日に玉木家最後になった伯父の一年祭を行いました。賑やかなことが好きだった人でした。祖父が一人っ子だったせいもあり、私の親たち兄弟は、祖父の従兄たちとも親しく付き合っていたのでした。特に萩の乱の後、曾祖母の豊子と妹の杉滝の家族はどんな思…

乃木さんの親戚について

乃木神社の大祭のことや、乃木さんの伝記のことなどから、FB友達の戦史研究者の方からもコメントを頂戴致しました。 バランスのある人であってテレビや小説で描かれるほど愚かな人ではないようです。子供の時、乃木さんの日記も読みましたが、教養もあり現代…

水師営の会見

日露戦争の後、講和会議でロシア側のステッセル将軍との会見について、当時の歌がある。子供の時によく歌をきいて(乃木神社のお祀り)、すごい歌だな、と思ったが前後関係がわからなかったのでそのままにしていた。 今日久しぶりに9月13日の大祭に参加して…

乃木神社大祭 2014

爽やかな秋の風のある9月13日、赤坂乃木神社の大祭に出席した。結婚前以来だからかれこれ20年ぶりになる。実はその前に昨年10月ご鎮座90年祭に出席した。もっと本当のことをいうと、2012年10月の祖霊祭に出席したが、途中精神的にいたたまれなくなって離席し…

下関 功山寺の墓

集作の養子先は、旧長府藩の藩士で昔は500石取の名家だったが、御一新の波に乗り切れずすっかり落魄して貧乏と孤独にうちひしがれた70歳くらいの老人がいた。その本人甚五左衛門の父は大舘啞禅ということだが、戸籍には子供も妻もいない。その家の名前を継ぎ…

西南の役で失った軍旗について

無断転載をお断り致します。 「偉人のかげに」長谷川君江氏の私家本の最後に西南戦争で乃木希典が統率していた歩兵第14聯隊の軍機についてのくだりがある。 「2月22日植木駅に於いて旗手河原林少尉は敵兵の中に切り込んで戦死し、持っていた軍旗は敵将村田三…

偉人のかげに ③ 那須野と品川弥二郎との関係

無断転載をお断り致します。 写真は、台湾総督に希典が行く前の家族写真かと思われる。右端から、集作、希典、母寿子、勝典、保典、静子夫人。 現在那須野乃木神社があるところは希典が別邸として購入したところで、遺言により大舘集作が譲られ、移り住んだ…

偉人のかげに ② 希典と大舘集作 軍人と農業

無断転載をお断り致します。 玉木家も乃木家も武門に生まれたものが軍人にならないなら百姓になれ、という家風があった。商人などもってのほかだった。 玉木文之進の開いた松下村塾は農業をしながら学ぶというスタイルだったので、希典もその薫陶を受けてい…

「偉人のかげに」 ①乃木希典の父希次と兄弟の別れ

無断転載をお断り致します。 大舘という名前は、乃木希典の末弟の集作が、兄希典の探してきた長府藩の旧藩士大舘甚五左衛門氏と養子縁組した。それは、希典自身が自分の死後断絶する意思があったので、功績のないものが爵位を継承することを恐れたからだった…

魂の存在について (2006年のブログより)

自分のもっている縁について不思議に思っていることを、当時の心境でまとめてある。 夫の実家のお墓詣りがはじまってから、かえって祖母や伯母のお墓詣りをするようになった。不思議な縁が重なって、伯母のことを良く考えるようになった。 伯母は、非常にき…

前原一誠との縁 8年前の他ブログより

今読んでみると、また違う考えになるが、幕末史に興味を持つきっかけになったこと。 霊の存在について(山口篇) 3 2006年 08月 06日 話が前後するが、萩には菊ヶ浜というほど良い広さの美しい砂浜をもつ海水浴場がある。 暑さの中ちょっとのぞきに行ったが…

至誠 (2013年過去のノートよりコピー)

”Makoto" means truth or integrity in English, I was told by some one about this meaning in summer 2012 in the very polite manner.The original idea comes from "Doctrine of the Mean ”(中庸 in chinese) which is the title of one of the four bo…

乃木家絶家と再興について 希典自刃後の顛末

無断転載をお断り致します。 乃木希典が大正元年9月13日自刃した際、十通をこえる遺言書をしたためてあった。 「希典は『養子弊害ハ古来之議論有之』『天理ニ背キタル事ハ致ス間敷』『呉々も断絶ノ目的ヲ遂ケ候義大切ナリ』と養子を否定し、乃木伯爵家の絶…

乃木玉木の家紋について

無断転載をお断り致します。 こちらは女性紋。 20代の頃から日本料理を習っていて、その先生は日本流に家元制の形をとっているので、お免状を戴く時に、無地の着物に揃いの帯を締めることになっている。 折角だから実家の紋を入れようと、母に聞いたら送って…

吉田松陰の兄

無断転載をお断り致します。 祖父は系図を調べ整理することを現役引退後の仕事の一つにしていたようだ。 特に自分の父方のことは丁寧に調べている。本人の父は生まれる前に亡くなっていること、そして伯父にあたる人も亡くなっている。男系の従兄弟たちも戦…

杉道助

無断転載をお断り致します。 亡くなってから大分経つので、今、一般にしられていないが、道助は杉民治(松陰の兄)の次女滝の息子で、杉家を継いだ。生涯大叔父にあたる松陰を尊敬していたという。 祖父玉木正之(民治長女の一人息子)とは従兄弟になる。と…