日本近現代史の読書会 近・現代史カフェ


久しぶりに更新です。


日本の近現代史の新書レベルの歴史カフェを始めることにした。(19世紀中盤~太平洋戦争まで、特に明治・大正・昭和16年まで)

積ん読が多くて、精読もままならないが、日本近代史の本の量が増えた。

このブログを始めたきっかけは、まさに日本の近・現代史を振り返ることによって、自分の中からこみ上げてくる怒りを克服し(荒ぶる心)をおさめることが目的だった。

なぜ、日本は近代化をめざし、そしてそれを実現するのにどのような方法をとったか。私たちが今ここにあるのは、やはり偶然だけでなくて進む道の選択をその都度してきたからだ。

 

ここら辺で、19世紀中盤から太平洋戦争までの近・現代を1990年代以降の歴史研究を踏まえて、ゆるく話す読書会を開き、改めてその80年間くらいの時期を通読してみたく思っている。

 

研究が進んで、1980年代までの歴史認識と大分違うようなので、高校時代を1990年頃まで過ごした人、おそらく1975年より前に生まれた人たちにとって、改めて勉強したいとか、自分で読み直している方も多いのではないか。そもそも、私は受験勉強もまともにしていないので、日本史がすごく弱い。受験は世界史だったが、それさえも教科書を最後まで読み切れなかったレベルで、19世紀後半からモヤモヤモヤっとしています。その後、ヨーロッパ史についてはベーシックなところは読み直したのですが、映画をみても、日本の映画になると今一つよくわからない。時代小説はあまり好きではなく、ノンフィクション専門で、主に新書レベル。たまに、学術レベルのものも、ある程度知っている時代については読む。

そうはいっても、抜けが多く、知識がバラバラなので、興味のある時代の新書本があると買っては斜め読みしている。これから10年くらいの間に学び直しというか(本当は新しく学ぶ)教養を踏まえて世界の中での、プレーヤーとして、日本がどのような役割や選択をしていくのか議論出来るレベルになっていたい。


今、考えているのは月1回、1時間半程度。参加者は3名~15名までで、特定の新書を共通素材として20分くらいの基調報告を参加者の一人や主催者がして、1時間程度意見交換をするというもの。新しく研究されたものを映画やテレビドラマ・小説などで喧伝されているものから離れて過去を知るというのが目的なので、根拠のない史料の発表や妄想はタブーとする。参加者は一人で時間を独占しない。一話完結式。 勿論関連する読書は各自で自由に知見を深めて欲しい。一回ではまとまりきれない内容はお互いにSNSやペーパーなどで共有することで補う。

その後は懇親会。歴史散策や旅行なども、興味があれば行う。年1回くらい講演会を企画するのもいいかもしれない。

一人で散漫に読んでいるのと変わらないが、テーマごとに意見交換するのは、自分にとっても頭の整理や気づきがあるのでやってみたいことだ。

目的は、知的好奇心を満足させることで、学びを楽しむことだ。 お互いの能力を競うことではない。方法論はいろいろあると思うので、試行錯誤しながら楽しく続けられるよう決めていきたい。